交通事故
交通事故に関する国会論議
1 国会における交通事故に関する議論
弁護士法人心東京法律事務所の小原です。
国会では、選挙で選ばれた我が国の代表者たちによって、日々、我が国の重要課題について議論されています。
では、我が国の国会における交通事故の議論の動向はどのようなものでしょうか。
国会会議録検索システム(*1)では、衆参の全委員会の議事録を確認できるものの、分量があまりに膨大です。
そこで、質問主意書という仕組みに着目したいと思います。
国会議員は、国会法74条に基づき、委員会における口頭による質問とは別に、内閣に対して、文書=質問主意書によって質問できます。
内閣は、原則として、質問主意書が提出されてから土日祝を含めて7日以内に閣議決定を経た答弁書により答弁しなければなりません。
今回は、書面版の国会質疑とそれに対する政府の答弁である質問主意書を指標として、国会における交通事故に関する議論の最近の動向を確認します。
2 交通事故に関する質問主意書の提出本数
まず、衆参両院の質問主意書一覧を見ると、交通事故に関する質問主意書の提出本数が非常に少ないことが分かります(*2、*3)。
令和年間については、衆参合わせても20本程度しかありません。
加えて、内容を見ると、あおり運転、電動キックボード、自動運転、ライドシェア、外免切替制度等、一時的に社会を賑わせたテーマについての質問がほとんどであり、日常的な交通事故に関する質問はほとんど見られません。
さらに、上記テーマも含め、あくまで交通事故予防の観点からの質問がほとんどであり、交通事故発生後の観点からの質問は、令和年間でわずかに4本です。
・「一般会計から自動車安全特別会計への繰戻しに係る新たな大臣間合意に関する質問」(R4牧山弘恵)
・「自賠責保険に関する質問主意書」(R5神津健)
・「交通事故被害者の救済体制強化に向けた財源確保に関する質問主意書」(R7水沼秀幸)
・「交通事故等による被害を受けた胎児に係る法整備に関する質問主意書」(R8日野紗里亜)
政府における交通事故に関する議論では、予防に力点が置かれ、事後的な被害者救済の議論が少ない傾向にあることは、内閣府が毎年公表する「交通安全白書」(*4)を見ても分かります。
3 交通事故発生後に関する重要課題
では、交通事故に関する議論は、あくまで予防が重要であり、事後の観点では、国レベルで議論すべき重要課題は少ないのでしょうか。
ここからは私見になるものの、重要な政策課題は多いように思います。
自賠責保険の限度額の妥当性、後遺障害等級認定プロセスの透明性・納得性、無保険車やひき逃げ被害者の救済、重度後遺障害者の介護等、列挙してみると、やはり重要な政策課題が多いことに気付きます。
確かに、事故をゼロに近づけることは重要です。
しかしながら、事故を完全にゼロにすることはできない以上、予防と同じくらい事後的な救済も大切ではないでしょうか。
*1 国会会議録検索システム
*2 [衆議院HP]質問の一覧
*3 [参議院HP]質問主意書
*4 [内閣府HP]交通安全白書
自賠責保険の支払限度額
1 約50年間据え置かれた支払限度額
弁護士法人心東京法律事務所の小原です。
今回は、自賠責保険の限度額について考えてみたいと思います。
傷害について、現行の自賠責保険の限度額は原則120万円です(自賠法施行令2条1項3号イ、自賠法13条1項)。
治療費、交通費、休業損害、診断書等の発行代、慰謝料等を含めて総額120万円までです。
限度額は、自賠法が成立した昭和30年以降、賃金物価水準の上昇等に連れて段階的に引き上げられてきました。
もっとも、1978年7月1日に改正自賠法施行令が施行され、限度額が100万円から120万円に引き上げられて以降、48年間据え置かれています(*1)。
2 政府見解
2023年1月13日に開催された第145回自賠責保険審議会(*2)では、細川委員(日本医師会)から、「限度額120万のカバー率(*3)は大体85%程度で、大部分をカバーしているというのは承知しておりますが、特にこれからは再生医療とか医療技術の進展、進歩によって医療費が大きくなることも考えられますので、カバー率だけではなく、120万を超えた事案がどのような分布であるか検証をしていただきたい」との意見が出ました。
これに対し、出口国交省保障制度参事官は、「自賠責保険につきましては、強制保険、公道を走るからには、すべからく自賠責保険に入っていただく必要があるという極めて強いものでございまして、そのために、保障の範囲というものが、最低限の基本保障を確保するという性質で制度として設計されているものでございます。
そういった性質を踏まえ、また、賃金、物価等の社会情勢、保険料率に与える影響、そういったもろもろのことも踏まえ、また、こちらのほうを見直すとなった場合に、自動車ユーザーの方の負担増にもつながり得るということもございますので、今後とも、もろもろの情勢を見ながら慎重に判断していく必要がある」と回答しています。
政府事務方の回答と限度額が48年間据え置かれている事実とを踏まえると、要するに、少なくともまだ限度額は上げないというのが国の回答と考えられます。
3 考察
確かに、自賠責保険は強制加入保険ですから、支払額を増やそうと思えば、税金で補填しない限りは、自動車ユーザーみんなの保険料負担は増えます。
しかしながら、もし、この48年間で医療費や賃金物価等の水準が上昇しているのであれば、それに伴い損害賠償額は増えているはずです。
それにもかかわらず、限度額は据え置くという判断は、いくら自賠責保険が最低限の基本保障を確保するという性質で制度として設計されているとしても、少々ちぐはぐに思えます。
受益者負担の考えに基づけば、被害者救済のためにより多くのお金が必要となれば、自動車ユーザーみんなの保険料負担も増やすしかないでしょう。
以下、医療費、賃金、物価を経年比較してみましょう。
4 検証
⑴ 医療費
厚生労働省の調査によれば、国民医療費は、2023年度:48兆915億円(*4)に対し、1978年度:10兆42億円(*5)であり、45年間で約4.81倍上昇しています。
⑵ 物価
2020年を100とした場合の消費者物価指数CPI(*6)を見ると、2025年:111.9に対し、1978年:65.5であり、47年間で約1.71倍上昇しています。
⑶ 賃金
厚生労働省の令和5年版労働経済の分析(*7)によれば、賃金水準は、2021年:535.75に対し、1978年:304.13であり、43年間で約1.76倍上昇しています。
5 まとめ
確かに、医療費が4倍以上になっている主因は高齢化と考えられますので、このデータのみに基づいて、限度額を4倍以上増額すべきとは思いません。
しかしながら、政府見解のとおり、賃金、物価等の社会情勢を踏まえるのであれば、そして、自賠責保険が受益者負担の考えに基づくことを踏まえれば、限度額を現行の1.7倍の200万円程度まで引き上げることは、検討してもよいのではないでしょうか。
*1 [損害保険料率算出機構HP]自賠責保険の保険金額および仮渡金の変遷
*2 [金融庁HP]第145回自動車損害賠償責任保険審議会議事録
*3 カバーとは、自賠責基準による算定額が120万円に収まることを意味すると推量する
*4 [厚労省HP]令和5(2023)年度 国民医療費の概況
*5 [厚労省HP]厚生白書(昭和53年版)
*6 [総務省HP]消費者物価指数
*7 [厚労省HP]令和5年版労働経済の分析
自転車等専用道路の整備
1 LUUP死亡事故発生
弁護士法人心東京法律事務所の小原です。
今回は、異種交通について考えてみます。
今月2日、都内で痛ましい交通事故が発生しました。
現場は都内の交差点。
右折する軽貨物車が自転車横断帯を走るLUUPと衝突し、LUUPを運転していた方の死亡が確認されました。
改正道路交通法が令和5年7月1日に施行され、LUUPをはじめとする電動キックボード等の新たなモビリティが「特定小型原動機付自転車」として分類されて以降、都内公道における特定小型原動機付自転車の死亡事故は、初めてのことです。
2 異種交通の危険性
今回の事故では、LUUPが自転車横断帯を逆走した可能性が指摘されています。
確かに、逆走は事故を誘発する危険行為であるとともに、そもそも特定小型原動機付自転車は自転車横断帯の走行が禁止されています。
しかしながら、今回の事故はいわゆる右直事故ですから、仮に、LUUPではなく普通自転車が交通ルールを守って自転車横断帯を走行していたとしても発生し得たのではないでしょうか。
我が国では、車道の地面の左脇が青色に塗られただけの自転車専用通行帯が多く、自動車道と物理的に隔てられた自転車道の整備は発展途上です。
そのため、自転車や特定小型原動機付自転車(以下、「自転車等」という。)は、より危険性の高い四輪車と同じ道を走行しなければなりません。
今回の事故の本質的な原因は、四輪車と自転車等との異種交通ではないでしょうか。
3 歩行者の安全確保に比重が置かれた政府の道路政策
内閣府に置かれた中央交通安全対策会議は、交通安全対策基本法に基づき、5年おきに交通安全基本計画を作成しています*1。
同計画は、人優先の交通安全思想の下、歩行者の安全確保を非常に重要視しています。
特に、平成19年改正道路交通法において、自転車は「車両」という原点に立ち返り、自転車が例外的に歩道通行できる要件等が明確化されて以降、政府の政策は、一貫して自転車の歩道通行を制限し、もって歩行者の安全を確保するという方針をとっています。
4 異種交通解消のためのハード整備が不可欠
確かに、自転車等と歩行者との異種交通は、歩行者にとって危険であり、歩行者の安全確保のためには、自転車等を歩道の外に出すことが有効です。
しかしながら、外に出された先が四輪車の走行する車道であれば、今度は自転車等にとって危険な異種交通状態を生んでしまいます。
歩行者の安全確保が重要なことは誰も否定しません。
しかしながら、自転車等の安全確保が重要なこともまた、誰も否定できない。
交通ルールの徹底、ヘルメット着用の努力義務、交通違反の罰則強化、保険加入等のソフト面の施策だけでは限界があるでしょう。
実際、全体の交通事故件数に対する自転車関連事故件数の比率は増加傾向にあり、自転車関連の死亡・重傷事故の相手当事者は、その約75%が自動車でとなっています*2。
歩道とも自動車道とも物理的に隔てられた自転車等専用道路の整備というハード面の施策も急がれます。
*1 [内閣府HP]交通安全基本計画(最新は第12次計画で計画期間:令和8年度~令和12年度)
*2 [警察庁HP]自転車は車のなかま~自転車はルールを守って安全運転~
任意保険
1 任意保険加入率
弁護士法人心東京法律事務所に入所し、交通事故事件に携わってから2か月も経っていないものの、相手方が任意保険に加入していない事件を既に複数回目にしました。
調べてみると、任意保険加入率は2025年3月末現在で88.6%*1です。
ご承知のとおり、自賠責保険のみでは損害額を補填するのに心許ありません。
誰しも事故の加害者/被害者になるかもしれない中で、1割強が未加入という現実には不安を覚えます。
今日は、加入者にとっても、任意保険加入の経済的なメリットがあることを公的統計に基づいて確認します。
2 期待値
⑴ 結論
保険金の期待値は1,496円に過ぎない一方、保険料は59,541円/年です。
期待値だけ見れば、確かに、未加入には経済合理性があると言えます。
⑵ 試算
ア 試算前提
・保険料:59,541円/年*2
・保険金:433,650円/件*2
・発生率:0.345%=287,023件/年*3 ÷ 83,184,146台*4
イ 試算
1,496円 = 433,650円 × 0.345%
3 破綻回避
⑴ 結論
しかしながら、万一事故を起こした際に家計が破綻するリスクを回避するためと考えれば、年間6万円弱の出費は、経済合理的な範疇ではないでしょうか。
⑵ 試算
ア 試算前提
・死亡事故1件当たり保険金額:15,433,238円*5
・金融資産保有額:1,329万円(単身)、2,309万円(2人以上世帯)*6
イ 試算
単身 -2,143,238円 = 13,290,000円 -15,433,238円となり、保険未加入なら家計は破綻します。
2人以上世帯 7,656,762円 = 23,090,000円 -15,433,238円となります。
試算上は破綻には至らないものの、資産の66.8%を失う一大事となります。
ウ 高額な認定額の裁判例
過去には、5億2,853万円の損害額が認定された裁判例*7もあり、よほどの資産家でもなければ、家計の破綻は免れないでしょう。
4 まとめ
期待値だけ見れば損に見えるとしても、家計の破綻回避のためと考えれば、任意保険加入には経済合理性があると考えられます。
*1 [損害保険料率算出機構]2025年度自動車保険の概況 第31表
*2 [損害保険料率算出機構]2025年度自動車保険の概況 第13表
*5 [損害保険料率算出機構]2025年度自動車保険の概況 第14表
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